2019年01月27日

運命思考は遠すぎて

運命思考は人間関係構築力グループの資質です。

運命思考を上位に持つ人が自然に持っている感覚は「すべてはつながっている」。

その対象は人だけではなく、動物、植物、道端の石ころにさえもつながりを感じるし、地球の裏側にいて一度も会ったことがない人とも、さらには大気圏を超えて宇宙ともすべてつながっていると感じる。

つながりは時すら超え、過去も、現在も、未来もすべての出来事がつながり影響し合って現実化していると「当たり前のように」感じているのが運命思考上位の人。

そして「袖触れ合うも他生の縁」という言葉があるように、たとえば満員電車で肩がぶつかってチッ!と舌打ちされたとしても、不快感と同時に「この人も何かの理由があってこの世に生まれてきたのだ」「この人とこの瞬間にこういうことが起こったのも何か意味があるはずだ」と思ってしまう。あるいはつらい体験ですら自分に何かを与えるきっかけなのだと感じて受け入れてしまう。

このため時には我慢強くなりすぎてしまい、声を荒げていいような場面であっても「平常心でいよう、これには何か意味があるはずだから」と考えて受け入れ過ぎてしまうこともあったりします。

さて、私の運命思考は26位と下位にあります。ということは、早い話がピンと来ない。あるいは理解できても自分にはない。

とはいえ「運命的な出会いなどない!」と考えているわけではないし、「あらゆることに意味はない、すべては偶然の積み重ねにすぎない」とも思わない。「この人とここで出会ったのも何かの縁なのだ」と感じたことも一度や二度ではありません。

けれどやはり運命思考の人とは違うなぁと。
振り返りとして「あの体験から学んだことは・・・」と考えることはあるけれど、
つらい体験をしている最中に「これには何か意味があるはず、だから受け入れよう、我慢しよう」とはならない。

私が我慢するとすれば、「誰かが笑顔になるのなら」という共感性の弱み使い(上手ではない使い方)が大きいような気がします。

私にはあまりにも遠すぎて「ああ、そうなんだ」と肯定も否定もなしで終わってしまう。それが運命思考とわたしの関係のようです。

posted by kyana@ストレングスファインダーファン at 11:00| Comment(0) | 運命思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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