2019年04月28日

どうして中途半端なんだろう?

適応性。その場その場に対応していく資質。
裏を返せば、いくらでも目移りしてしまう?

自分の中のの1つに、最後までやりきらずに次に移ってしまう があった。

たとえば読書。

子どもの頃、母が「少年少女世界文学全集」みたいなのを定期購入してくれていた。最初は親の命令?で読み始めたのだが、すぐにとりこになり、私の内面世界はどんどん広がっていった。そういう機会を与えてくれた母には感謝している。

で、ほとんど毎回そうだったのだが、終わりの頃になると自分の読み方がすごく雑になっていった。最後の数ページになると義務的に文字を追い、ひたすら消化していく感じ。

そんな自分が不思議でならなかった。

そのときの内面の声は、はやく終わって次に行きたい!もういいから、早く次に!

読み終えた!という達成感を味わいたいという気持ちよりも、とにかく早く終わらせたいという気持ちの方が強がった。

「最後まできちんとやりなさい」という親の教えに従って義務としてゴールに到達していたが、もしそういう親の教えがなければ途中で投げ出して次に移っていただろう。

そしてここ数年。自分の中の「べき」「ねば」を手放すことを意識し始めたら、見事な中途半端人間が出来上がってしまった。

図書館で借りてきた本も積読のまま返したり、半分程度で別の本に手を出したり。面白そうだなと始めたこともやりかけのまま別のことを始め、それも途中で放り出して別のことを始めたり。ひどいときには5分程度で「次」が来ることも・・・。(これは最近の特長)

とっちらかって収拾がつかなくなることも多いが、あははと笑って終わらせてしまう。

私ってこんなに中途半端な人間だったのか。。。と軽く自己嫌悪に陥ることもあったのだが、最近、Gallup認定ストレングスコーチ りょうじさんのブログの中に答えが見つかってホッとした。

適応性の人から『いろいろ対応している間にとっちらかってしまって、どこに向かっているんだかわからなくなることがあります』という話を受けることがある。

そっかー、適応性か。
(ちなみに私の適応性は6番目)

「最後までやり抜きたい」という思いはあるけれど、目標志向も規律性も低い(22位、28位)こともあり、ついつい目の前の「面白そうなこと」を優先してしまうんだな。

と、この解釈で合っているのかどうかわからないが、少なくとも自分的には納得した。そして内省が喜んでいる。
posted by kyana@ストレングスファインダーファン at 10:12| Comment(0) | 適応性 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月01日

目覚めよ、私の適応性!!

適応性6位、上位資質です。

「適応性」は「今ここ」を生きる資質だと思っています。

適応性の特長は目の前の出来事に臨機応変に対応できること。
「(起こってしまったことは)仕方がない」「ではどう対処する?」
こんなふうに発想がパッと切り替わります。

幼い頃のエピソードでいかにも「適応性」だなぁと思うことがあります。

私自身は覚えていないのですが、4~5歳の頃に家の前の道でボール遊びをしていたとき何かのはずみでボールが転がり始め、後を追って駆け出したところに車が突っ込んできたそうです。

「あっ、危ない!」近くで目撃していたがそう思った瞬間、車はボールをペチャンコにして通り過ぎました。私はというと、特に動じることもなくペチャンコになったボールを見て「ま、仕方ないか」とつぶやいて家に入っていったそうです。

お気に入りのボールだったけれど、ペチャンコになって使えなくなったものは仕方がない。
簡単にあきらめて「ま、いっか」で終わらせる。
冷めた子どもといえば冷めた子どもでした。

一方で「適応性」は長期スパンで物事を考えるのが苦手です。

たしかに、人生設計と言われても何も思い浮かびませんでした。
その時にならないとわからないことってたくさんあるのに、
どうしてあらかじめ決めておけるの? と。

またコツコツと貯金するのも苦手でした。
時間をかけて貯めても将来の貨幣化価値はわからない、
しかも途中でお金をおろせないなんて意味がない、
それなら普通口座でいつでも引き出せるのがいい、と思っていました。

このように「適応性」らしさを持っているくせに、
いざという場面で頭が真っ白になることもよくあります。

これは2位の「慎重さ」の存在が大きいのかもしれません。
失敗を避けるためにあらゆるリスクを想定し対策も取っておくのですが、
そこを外れた時はただ固まるだけで「適応性」を生かせていないのかも。
次からはもっと「適応性」を意識してみようと思います。

「適応性」は変化がないとすぐに飽きてしまうと言われますが、
私の場合は何かを地道に繰り返す作業が意外と苦になりません。

「これさえ繰り返しておけば必ずゴールに到着できる」
という確信と安心感があるのと、単純作業で内省が始まるからかもしれません。

ストレングスファインダーで自分を見つめ直すといろいろわかって面白いです。

posted by kyana@ストレングスファインダーファン at 10:10| Comment(0) | 適応性 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月20日

適応性に向く単純作業、向かない単純作業

糸かけ曼荼羅というものがあります。
板に円状に打たれた釘に一定間隔で糸をかけ形を作っていくものです。
あるとき偶然出来上がったものを見て興味を持ち、最近キットを購入してやってみました。

完成品がこちら。

糸かけ曼荼羅.jpg

放っておけば勝手に自分との対話が始まってしまう私にとって、頭の中を空っぽにしてくれる手作業はいいストッパーになると感じました。

そこで次の手作業にこんなのを選んだのですが、、、

機織り.jpg

こちらは数年前に購入していた卓上の機織りキット。
毛糸でやってみようと購入していたのがやっと出番になりました。

で、始めてみたのですが、意外にも楽しくない。。。
淡々と繰り返される作業にすぐに飽きてしまう自分がいます。

おかしいなぁ、、、糸かけ曼荼羅はあんなに楽しかったのに。
同じことを繰り返すだけなのに、やっぱり私には根気がないのか???
と少し落ち込み始めたのですが、、、

今の私にはストレングスファインダーがあります!

自分の資質を脳内スキャンして見つけたのが6位の「適応性」

適応性は、今ここに集中して対応していく資質。
日々何かしら変化が起こり、それに対応することで活き活きする資質なので、
裏返しとしてルーチンワークが苦手だし、変化がないとしぼんでしまう。

ははーん、これか

今回何が違っていたのかというと、手作業の種類が違いました。

糸かけ曼荼羅は「ひたすら糸をかけていく」という点では同じ作業の繰り返しなのですが、
1つの糸が終わったら別の糸に移ります。
色も、かける間隔も変わり、現れる図形も次々変化していきます。

けれど機織りは最初にセットしたら完成までは同じ作業の繰り返しで何も変化がありません。
適応性が苦手とする「ルーチンワーク」の領域です。
だから飽きて続かなくなるのかとわかりました。

また適応性はある意味とても受身な資質で、
たとえば上司に「これ、この時までにやっておいて」と言われれば
苦手なはずのルーチンワークも平気でこなせます。
このとき共感性も上位にあればなおさらだと思います。

けれど今回の機織りは仕事ではないし、誰かが完成を待っているわけでもありません。
ただ自分の思いつきでやっているだけ。なのでますます飽きてしまいがち。

ただ「達成欲」もまぁまぁ上位にあるので、

  • 途中でやめたくない
  • 完成形を見たい
  • やった!という達成感を味わいたい  

という気持ちもあります。

そこで、小さな変化をつけてみることにしました。
たとえば途中で色を変える、少しだけやり方を変える、などです。

おかげで機織りは続きそうです。
ああ、よかったー(by 達成欲)

posted by kyana@ストレングスファインダーファン at 10:30| Comment(0) | 適応性 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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